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【虐待を考えるvol.1】〜なぜ虐待が起こるのか〜

2019.11.7

みなさん、こんにちは。Learning for All 職員の福田です。
先日、去年目黒区で起きた少女虐待事件の公判が行われました。

事件当時の被害少女の悲痛な様子もあいまって、世間の耳目を集めた事件となりました。
また、今年に起きた千葉市での虐待死事件も含めて、今年6月の児童虐待防止法改正の契機ともなった事件でした。

Learning for All でも折に触れて虐待に関する記事を出しています。
(【虐待死を考える】心愛ちゃん虐待死事件は防げなかったのか~虐待に至る前にできたこと~
児童虐待で亡くなる子どもをなくすために我々にできること(1) – 親叩き・児相叩きを超えて-)

今年は法改正などもあり動きがあった1年でしたので、改めてこの問題について考えてみたいと思います。今回は2週連続でお届けしようと思います。
今週は「虐待がなぜ起こるのか」、来週は「どうすれば虐待はなくすことができるのか」を考えていきたいと思います。

虐待とは何か。

まず、虐待とはなんでしょうか。
児童虐待防止法によれば、虐待は次の4つに分類されます。(児童虐待防止法の定義をそのまま引用)

1)身体的虐待 ー児童の身体に外傷が生じ、または生じる恐れがある暴行を加えること
2)性的虐待     ー児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること
3)ネグレクト ー児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置その他の保護者としての看護を著しく怠ること
4)心理的虐待 ー児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと

殴る・蹴るといった暴行の事実はインパクトが強いため身体的な虐待が目立ちがちですが、平成25年度以降虐待の最大の割合を占めているのは心理的虐待です。(確かにそれまでは身体的虐待が最多でした。)

(出所) 厚生労働省「平成30年 児童相談所での児童虐待相談対応件数」より引用

では、虐待がなぜ起こるのでしょうか。
(先天的であれ後天的であれ)保護者自身に備わっている資質や能力、周囲との関係性、日本社会全体の考え方、とミクロからマクロへ移行しつつ、3つの観点から考えてみます。

虐待はどうして起こるのか(1) ~保護者の孤立・切迫~

いうまでもなく、虐待が起こる際の要因として、保護者の状況は考えなければなりません。
まずは保護者の特性として、なんらかの依存症、知的障害・発達障害、精神障害であるなどが考えられます。また、保護者が自分自身の養育環境から愛着不全であったり、不適切な養育方法を獲得しているなども考えられます。(しばしば、虐待の世代関連鎖が問題になります。)

また、子どもの特性とそれに対する知識のなさが虐待に拍車をかける場合もあります。
子どもの特性というのは、発達の偏りや、偏食、なんらかの障害があったりなどがあり得ます。

そこに例えば仕事の疲労やストレス、家計の逼迫などが重なれば、保護者の養育能力の限界を超えて虐待に走ることもあり得ます。

それは特別な誰かだから起こるものだというものではありません。
(一般に、「何か」構造ではなく「誰か」人に原因を着せようとすることが、再発防止に意味がある議論だとは思えません。)

虐待はどうして起こるのか(2) ~地域のアンテナの希薄さ~

さて、親の切迫感にも強く影響する要素が「孤立」です。
虐待が起きそうだったり、仮に起こってしまっても、身近に相談できる人や助けを求められる人がいれば状況は変わるかもしれません。

実際に、冒頭で紹介した目黒の虐待事件は香川県から引越して間もない時期、千葉県の虐待事件は沖縄から引越ししてまもない時期に起きた事件でした。
千葉県の事件では母親は「多分千葉に引っ越してきて、しばらく経ってからだと思います」「千葉には誰も知り合いいないので、誰にも相談できなかったし、警察に行こうとした事もあったけど、結局行けませんでした」と話しています。
双方の事例とも、地域で孤立していたことが伺えます。

Learning for All の教室や居場所拠点に通う子どもの保護者にも、
「地域に頼れる人がいない」「行政のサービスの使い方が良くわからない」という方は少なくありません。

また、大きな目線で見ても、地域住民からの通告件数は割合として減っていて、警察の介入があって初めて児童相談所に話が行くと言うことが増えています。

(出所) 厚生労働省「平成30年 児童相談所での児童虐待相談対応件数」より引用

教育社会学者の仁平典宏は日本社会のつながりの特徴についてこう述べています。


「日本における助け合いは、家族や職場といったミクロな場における助け合いであって、そうした場を超える見知らぬ他者に対する助け合いの意識は希薄です。ミクロな場において濃密な助け合いがあるのは、それをしなければ「村八分」にされるからで、長期的な人間関係が前提になっていると言えます。
 日本では、流動性の低い集合内での助け合いは強度に行われる一方、それを超える範囲の人に対する贈与の意識は非常に低いことが学術的にも指摘されてきました。(中略)後者の意識をどう強めていくかが課題です。」

(情報労連「『助け合いと市民社会』考 市民運動がもっと自立するには?」)より引用

虐待はどうして起こるのか(3) ~親の権利・義務「親権」「懲戒権」~

話をさらにマクロに移します。
日本の法制度は虐待が起こる原因とまでは言わなくても、虐待を防止できない遠因になっているとも考えられます。

民法820条にこのような条文があります。
「親権を行なう者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」

ほとんどの人はこんな条文を見たことがないと思いますが、「親は子どもの面倒を見ていいし、見なければならない」というのは世間の考えに合致すると思います。

話をややこしくしているのは822条の「懲戒権」です。2011年の民法改正前は下のような条文でした。
「親権を行う者は、必要な範囲で自らその子を懲戒し、または家庭裁判所の許可を得て、これを懲戒場に入れることができる」(2011年民法改正前の822条第一項)「必要な範囲で」という漠然とした規定は、しつけと虐待の境界を曖昧にします。実際にこのしつけの中に体罰が含まれてしまっていたわけです。

(出所) 川崎二三彦「虐待死」より引用

少し古いデータですが、川崎二三彦氏が行ったアンケートでは、(家庭内の)「 体罰はよくないが、やむを得ない場合がある」と答える割合は、半数近くにのぼります。

A「いかなる場合も良くない」
B「良くないが、止むを得ない場合がある」
C「限度を超えないようにすれば、効果的な手段だ」
D「指導上、妥当は言えないが効果的な手段である」
E「そのほか」

(出所) 川崎二三彦「虐待死」より引用

体罰とまではいかなくても、子どもに関わる仕事をしている方や子育て中の方は、叱ったり高圧的な態度をとったり罰を与えたりすることなく子どもを指導するのがいかに難しいかは経験的にわかると思います。

しかし、この懲戒権については、近年見直されつつあります。

まず2011年の民法改正により、条文が少し変更されました。
「親権を行う者は、第820条の規定による必要な範囲でその子を懲戒することができる」(2011年民法改正後)
「第820条の規定による必要な範囲で」=「子の利益のために子の監護及び教育をする」という、限界が明確な規定になりました。

さらに、しつけのうち「体罰」については今年の6月に改正された児童虐待防止法により、明確に禁止されました。

法律で禁止されたからなくなると言うものではないものの、「子どものしつけに「体罰」は含まれ得ない」ことが明文化された意義は大きいでしょう。
(ドイツやスウェーデンでは体罰禁止以降、実際に体罰が減り、体罰を容認する人の割合が減ったことが報告されています。(弁護士ドットコムニュース  「体罰禁止」法制定の意義))

(出所) 川崎二三彦「虐待死」より引用

とはいえ、懲戒権自体が存在する以上、一部の心理的虐待やネグレクトを保護者自身が「懲戒」として擁護することは依然として可能です。(外から見て度が過ぎているかどうかは別として、です。)

そのため、懲戒権自体が廃止されるべきであるという主張もあり、今年の児童虐待防止法改正から2年後をめどに懲戒権規定の見直しが予定されています。

虐待が常態化するメカニズム

過度な単純化は禁物ですが、以上から、虐待の発生から常態化までは以下のようなプロセスを踏むと考えられます。

① 「防止」の失敗
「家庭で子どもを育てなければならない規範意識」、「子育てかうまくいかない」、「外的ストレス」などにより虐待が発生する

② 「発見」の失敗
「行為者自らの相談や、地域からの通告」があれば早期発見が可能だが、保護者の孤立によりそれがないため虐待が常態化。

③ 常態化・過激化
虐待により発育が遅れる、親子間での関係性が悪化する、家庭の孤立化が進むなどの要因によりさらに虐待が過激化する。

①の段階で発生させないこと、そして仮に発生しても②の段階で早期に食い止めることができれば、少なくとも死亡事件のような極端な事例は防げるはずです。

最後に

ここまで虐待が生じるメカニズムについて考えてきました。
虐待を擁護するつもりはありませんが、虐待が生じるのはそれなりの要因があります。

体調の悪化、失職、子育てのプレッシャー、子育ての失敗、周囲からの孤立、……
追い込まれてしまってはどうしようもない要素が多く絡まって虐待が発生するのではないでしょうか。

目黒区の虐待事件の裁判記録から、弁護士と被告(父親)とのやりとりを、少し長いですが引用します。
(前提として、母親(優里)は子連れで再婚しており、父親(雄大被告)と結愛ちゃんは実の親子ではありません)

弁護人「(優里さん、結愛さんと)生活を一緒にしてからはどういう気持ちでしたか」
雄大被告「日々が続くにつれ、結婚という気持ちが次第に大きくなっていったんだと思います」
弁護人「それはどうしてですか」
雄大被告「結愛の存在が一番大きかったです」
弁護人「どうしてですか」
雄大被告「両親がそろっていた方が子供のためには良いのかなという気持ちがあったと思います」
弁護人「プレッシャーはありましたか」
雄大被告「ものすごく強かったです」
弁護人「どんなところにプレッシャーを感じましたか」
雄大被告「親としての責任や、将来結愛が大丈夫かという不安です」
弁護人「ほかには?」
雄大被告「父親になれるだろうかという不安です」
弁護人「血のつながりがないことについてはどうでしたか」
雄大被告「大きな不安が結婚前からありました」
弁護人「それはどうしてですか」
雄大被告「周りから血がつながっていないことが悪いことと考えられると思ったからです」

《雄大被告は入籍した頃、結愛ちゃんの食事に対する姿勢にも疑問を抱いていたという》


雄大被告「(入籍前まで)食べたい量だけ食べさせるようにしてきたと、優里さんから聞きました」
弁護人「結愛さんのしつけはうまくいっていると思いましたか」
雄大被告「私の中ではうまくいっているとはいえないと思っていました」
弁護人「優里さんへの叱責はその後はどうでしたか」
雄大被告「次第に結愛本人の方に気持ちが変わっていきました」
弁護人「どんな風に?」
雄大被告「口で説明してなぜやった方が良いのか、やったらこんな良いことがあると言いました」
弁護人「次は?」
雄大被告「繰り返すうち、うまくいかず怒りが増し、脅すようになりました」
弁護人「それでも効果がないとどうでしたか」
雄大被告「怒りが強くなり、暴力の方向に向かってしまいました」
弁護人「どういう感情でしたか」
雄大被告「焦り、いらだちだったと思います」

(以上、産経新聞「【目黒女児虐待死、父親被告人質問詳報】」より引用)

裁判記録を見る限りですが、結婚当初の時期の供述を見る限り、自分の娘(となる子ども)を愛し、心配する父親の姿も見て取れるのではないでしょうか。
(もちろんこれは弁護士とのやりとりであり、これらを踏まえても虐待が容認されるわけではありません。)

ことの真偽がどうであれ、私たちが肝に銘じておくべきなのは、虐待は「私たち」とは違う人たちが行うのではないということです。
何か決定的な断絶の向こう側にいる人たちの中での出来事ではありません。

本当はそうならずにすんだはずの人たちが、何かの不幸・不遇によって虐待に向かうのではないでしょうか。

もちろん、(この事例を含め)全ての事例がそうだと言い切る自信はありません。
しかし、そのように考え、なぜ虐待が起こるのか理解しようと努めることにはきっと意味があるはずです。

次週は、どうすれば虐待をなくせるのか、なるべく具体的に、考えていきたいと思います。

参考文献
川崎 二三彦「虐待死 なぜ起きるのか、どう防ぐのか」岩波新書
川崎 二三彦「児童虐待ー現場からの提言」岩波新書
榊原富士子 池田清貴「親権と子ども」岩波新書
相澤仁 川崎二三彦 編 「児童相談所・関係機関や地域との連携・協働」明石書店
厚生労働省「平成30年 児童相談所での児童虐待相談対応件数」
弁護士ドットコムニュース  「体罰禁止」法制定の意義
社会で子育てドットコム「平成29年度の子ども虐待件数、過去最高だった28年度からさらに9%増加――厚労省の速報値」
情報労連「『助け合いと市民社会』考 市民運動がもっと自立するには?」
Learning for All【虐待死を考える】心愛ちゃん虐待死事件は防げなかったのか~虐待に至る前にできたこと~
Learning for All 児童虐待で亡くなる子どもをなくすために我々にできること(1) – 親叩き・児相叩きを超えて-
産経新聞 「目黒女児虐待死、父親被告人質問詳報」


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